来夏(丸洗い)
「…なたくん」
名前を呼ばれた。
「そろそろ起きなきゃ」
うるさい。
後ちょっと。
ちょっとだけだ。
大切な存在になった彼女を思っていてもいいだろう。
けどお前なら、そんな俺の感傷を鼻で笑うのだろう。
それでこそお前だとも思う。
『ダメだよ、日向クン。ホラ、立って?ボクは希望に向かって歩く君達の姿を見たいんだから』
そんな風に己の欲求をゴリ押ししてきてこそお前だ。
イヤな奴。
凹んだっていいじゃねえかよ。
俺だってずっと落ち込んでる訳じゃない。
ちょっと整理する時間が欲しいだけだ。
それなのにお前は、お前の“希望”とやらを押し付けてくる。
ホント、イヤな奴だ。
お前とは分かり合える気がしない。
「…うるせぇぞ、狛枝」
目をうっすらと開ければ、目の前には男の顔。
予想通り、俺を覗き込んでいる狛枝がいた。
いつぞやの目覚めを彷彿とさせるアングルだ。
「おそよう、日向クン」
スマイル0円。
ただしコイツの笑顔は爽やかではなく、胡散臭い。
そう思うのはアイツの中身を知ってしまったからだろうか。
The cherry on top
「狛枝くん!!」
ボクの目覚めは光に溢れていた…といえば詩的な表現だが、実際はただ眩しいだけだった。
それはそうだろう。
だってボクはずっと目を閉じていた。
しかもボクの顔の真上には丁度蛍光灯がある。
そりゃあ光なんて溢れすぎていて、眩しいに決まっている。
「よかった。無事に目覚めたんだね!」
彼は本当に心の底からそう思ってくれているというのがよく伝わってくる表情をしていた。
ボクとは違う、人を集める“幸運”。
彼の事を聞くだけなら、羨ましいと思ったかもしれない。
けれどボク如きの目覚めを喜んでくれる彼を見てしまえば、そうは思えない。
彼の“幸運”がボクの“幸運”みたいじゃなくてよかった。
自然にそう思えた事が何だかおかしくて、ボクはつい笑ってしまった。
自嘲と苦笑が混じった笑み。
あと…。
凄く久しぶりに純粋な目で人を見た気がして。
そんな自分に少しくすぐったくなって、笑った。
こんな誰かに知られたら首吊りしたくなるような恥ずかしい事を考えていた。
目の前の彼は、脈絡もなく笑ったボクに首を傾げながら、笑い返してくれた。
彼の頭の上にクエスチョンマークが見える。
考えが読みやすい彼。
そんな彼の笑みは文字で表すなら“へにゃり”だろうか。
お人好しって彼の事を言うんだろうと一発でわかる笑いだった。
さて…。本題に入ろう。
「罪木サンは何処?」
苗木クンの顔が強張った。
ボクより先に彼女は目覚めている筈だ。
あのゲームの欠陥。
ボクらの真実…絶望であった事を思い出して死ねば、プログラムの許可を受けずとも目覚めてしまう。
プログラムでボクらはゆったりした生活を営むはずだった。
人が死ぬ、しかもコロシアイが起きるような状況に陥るなんて思わなかったんだろう。
そして、ボクがその欠陥を体験した2人目。
「罪木さんは…眠ってるよ」
とても言い辛そうに彼は言った。
ボク達の事なんてそう知らないはずなのに、親身になれる。
そんな人初めて見た。
運が良くなければ、一生出会わない類の貴重さ。
けれど彼はその珍しい行動を何でもない事のようにあっさりとやってのける。
うん。それも彼の“才能”かもね。
だらだらと彼についての考察をしつつ、ボクは切り込んだ。
「鎮静剤を使い始めてどれくらい?そろそろ効かなくなってきてるんじゃないの?」
ボクの言葉に彼は図星だと言わんばかりの反応を返してくれた。
優しい彼にも容赦なく、ボクは聞く。
酷い奴だと詰られても文句は言えない。
けれどこれはもうボクの性格なんだから、相手には仕方ないと諦めて貰うしかない。
「…うん。彼女は“絶望”のまま目覚めちゃったから」
目を伏せ、彼は言った。
覚えている。
ボクが心底許せないと思った人。
ボクの大キライな“絶望”を愛していると言った彼女。
きっとボクより先にしかも絶望のまま目覚めていたら、死のうとしてると思ったんだよね。
「連れてってくれないかな?悪いようにはしないからさ」
にこにこと笑ってみる。
ゲームの中では散々胡散臭いと絶賛されたあの笑顔で。
「…。」
じっと見られた。
探るようなものではなく、ただ見通すだけの視線。
そして彼は何かに納得したかのように頷くと、笑った。
ボクの胡散臭いと大評判の笑顔とは全く違う。
「行こうか。狛枝くん」
長く寝ていた体は起き上るのにも一苦労。
油を差し忘れた機械のように、体がうまく動かない。
滑らかには駆動せず、ぎりぎりと他の歯車を削りながらも動いている。
そんな機械のイメージが近い。
けれどそれ以上に動かしにくい部位があった。
両腿、右の掌。
そして鳩尾の辺り。
ズキズキと痛む。
まるでそこに傷があるかのようだ。
無意識に鳩尾に手を当てる。
これはゲームの中なのだとわかってはいても完全にダメージを消せなかったみたいだ。
…空恐ろしいプログラム。
悪用でもされれば、それこそいくらでも使いようのある怖い道具。
道具は意思を持たない。
崇高な願いや理想が込められて作られた道具でも、使う人にそれを読み取る素地がなければ、ただ悪用されるだけ。
願うは未来機関が理性ある生き物である事、それだけだ。
ただの組織ではダメだ。
血の通った生き物でなければ、このプログラムは任せられない。
「…大丈夫?」
苗木クンが痛みで青くなっているだろうボクの顔を覗き込んで言った。
彼の眼差しには労りが満ちている。
ボクの痛みの原因を見抜いているのだろう。
「うん。大丈夫だよ」
彼を見ていれば、大丈夫だと思った。
それは ボクの体の事ではなく。
きっと悪いようにはならない。
あのプログラムも、目覚めたボク達の扱いも。
確信と言ってもいい。
「うん。やっぱりキミは“希望”だね」
「え?」
「…何でもないよ。行こうか」
動けそうでよかったと破顔する彼の手を借りながら、ボクは罪木サンの元に向かった。
「…起きて。罪木サン」
未来機関の人々が到着する前に終わらせないと。
今ここには苗木クン達しかいないけど、ボクが目覚めたのはあっちにもきっちり伝わっているはずだ。
何とか苗木クンの仲間達が隠ぺい工作をしてくれているとはいえ、ある分野に特化した人間に敵うはずがない。
時間の問題だ。
「仕方ない…。この“手”は出来れば、最後まで取っておきたかったんだけど、使うしかないか」
穏やかとは言えない眠らされた彼女の頬に触れる。
いつか見た映画での恋人同士のようだと思った。
ボクは鑑賞者のような気分でそれを見ている。
確かに自分の手としての位置にあるのに、動かせないからだろうか。
それともわかりやすいくらいに自分の手とは違う外見をしているからだろうか。
ボクだけなら、きっと他人に触ってみようとは思わなかっただろう。
手首から先にくっついている他人の手。
憎むべき人の手。
嫌いにならなきゃいけなかった彼女。
けど途中でよくわからなくなった。
「罪木サン…」
囁けば、スリーピングビューティーよろしく眠っていた彼女の瞼が震えた。
「…ああ」
彼女は手だけに着目したようだった。
いくら耐性が出来ているとはいえ、まだ十分眠っていてもいい時間帯らしい。
そんなぼんやりした思考と視界で、一部だけを見たとしても不思議はない。
「生きていらっしゃったんですね」
涙の滲む声で、彼女は安堵の溜息を吐いた。
そして頬にある赤い爪の手に罪木さんは自分の手を重ねた。
そして聖遺物を抱くかのようにうっとりと目を閉じた。
両手でボクのでもあり、“彼女”のものでもある手を捧げ持ちそうな表情だ。
けれど急に彼女の表情が強張った。
罪木さんの指先は滑らかな皮膚以外の手触りを感じたらしい。
「…包帯?怪我!?…怪我されてるんです…か」
包帯に気付いて、ふら付きながらも起き上った彼女はボクを見て、茫然としていた。
そしてその表情は一瞬にして激しいものに変わった。
「何で!何で!何で!?」
学級裁判で見せた、あの錯乱振りで彼女は僕の左手に縋って言った。
左手は喋ろうはずもないのに。
まるで手に話し掛けているみたいだ。
少し面白くなって笑うと、彼女の顔は険しくなってしまった。
「そんなに怖い顔しないでよ、罪木サン」
けれど愛に従順な彼女はボクの言葉を聞いてもいなかった。
うん。ちょっと寂しいかな。
「これは“あの人”の手!!私が見間違えるわけがない!…っ!まさか!」
今度は憎悪の表情だ。
今日は罪木さんのいろんな顔を見れる日だ。
けれどまだ足りない。
ボクは君から引き出したい表情がいくつかあるんだ。
「そう。これは江ノ島盾子の左手だよ」
ひらひらと左手を振る。
後ろで苗木クンがおろおろしてるのが伝わってきた。
「“あの人”を…!汚すなんて…!」
「そうだよねえ。ボクみたいな最低な奴が“彼女”の手を付けていていいわけないよね」
ボクの彼女を煽るような言葉に苗木クンが動こうとした。
それを後ろ手で止める。
彼女の顔は一気に白けた。
「わかってるのに!!なら何故外さないんですか!?…それともあなたも“あの人”を愛しているとでも?………笑っちゃいます。愛を知らない可哀そうな人が?愛を語るんですか?ふふふ。ないですよね。ふふふふふ。…あー、おかしい」
激したと思ったら、笑って。
ジェットコースターのような急激なアップダウンを見せる彼女。
ジェットコースターなんて本当は近寄りたくなんてない。
ボクには危険だらけの乗り物にしか見えない。
けれど今回のジェットコースターを避けて通る訳にはいかない。
「…つくづくキミはボクをガッカリさせてくれるよね。愛してる…?誰を?“彼女”を?そんな訳ないじゃない。絶望しすぎて忘れちゃった?」
溜息を吐く。
予想通り過ぎてつまらない。
ああ…。彼もこんな気持ちだったのかなあ。
なんて関係のない事を考えた。
「ボクが好きなのは“希望”だよ。あのゲームで散々言ったじゃないか。所詮、“希望”の踏み台にされる“絶望”なんて!…お呼びじゃないね」
そう笑いながら言えば、彼女はまた怒りを見せた。
「絶望が希望の踏み台…!?逆よ!“希望”は“絶望”を深くするためだけの存在。彼女に捧げるためだけの、供物よ。希望が大きければ、大きいほど、後の絶望が深くなる。ああ!その瞬間を“あの人”に捧げたい…!!」
怒っていた筈なのに、彼女は恍惚と語り始めた。
楽しそうでなりより。
…さっさと彼女の主張を覆させてもらおう。
彼風に言うなら「その言葉、斬らせてもらう」?
それとも「それは違うぞ!」かな?
「なら罪木さん。キミは生きなきゃ」
通りがかっただけの人にポンとボールを投げるかのように唐突に言った。
そして彼女は“つい”という感じで投げられたボールを受け取ってしまい、困惑している。
脈絡のない言葉。
そんな話だったかという驚きが彼女を支配しているのが、手に取るようにわかる。
彼女が呆然とボクを見ているうちに終わらせないと。
「だって大きければ大きい程、いいんでしょ?希望」
反論すら忘れて彼女はボクの言葉を聞いていた。
きっと何故彼女が生きている事が希望に繋がるのかが、わからないに違いない。
「彼らは無事、希望として目覚めたとしよう。キミがボクと違って死んでれば、みんなはわかりやすく絶望するだろうね。けどさ。キミは一回ゲームの中だとはいえ、死んでる。なら一回目の死より二回目の死の方が絶望の度合い、少ないと思うんだよね」
彼女が揺らいだ。
その隙を見逃さないように畳み掛ける。
「『会えるって思ってた筈の人が自殺してたら、その衝撃は薄れないんじゃないか』って?…それはないよ。だって君にはわかりやすい理由があるじゃないか。『アイツは“絶望”に染まり切っていたからだ』って。しかも彼らが手出しできない時間軸で死んでる。なら、せいぜい彼らの後悔は『早く気付いてれば…』で終わっちゃうんじゃないの?」
先回りして反論を潰す。
彼らの動きの予測も入れておくと、なお効果的。
彼女の中でボクのこの言葉は無視できないものになった。
本当はボク達が考えた以上に彼らがお人好しだったかもしれない可能性もあるんだけど、彼女はそこまで考えが及んでないみたいだし…。
いっか。
彼女はそんな事より、思ってもみない提案をされた事について考えるのに、精一杯だ。
「起きた彼らがどんな事をしても、語りかけても、キミは“絶望”のまま。揺らがない“絶望”である事を見せつけてから死んだ方がインパクトあると思うよ。それに死ぬのはいつだって出来るしね!」
彼女は透明な表情で言った。
「…あなたの持論ですか?」
「ん?どれも誰かに吹き込まれた事じゃないよ?」
“絶望”でも何でもないただの罪木蜜柑という一人の少女に戻っているように見えた。
「『死ぬのはいつだって出来る』…実感、籠ってるような気がして…。他の言葉より、ずっと」
「…そういう罪木さんもその言葉と馴染みが深いように見えるよね?」
「誤魔化すならいいです。忘れてください」
別に誤魔化した訳じゃないんだけど…。
「罪木さん。ボクはね、この手すら利用しようと思ってる。ボクの大好きな“希望”のためにね。彼女は大喜びで“絶望”してくれる気がしない?」
『“絶望”の象徴であるアタシが“希望”を作るために利用されてるなんて絶望的!』
そう叫んでいる“彼女”が容易に思い浮かぶ。
「酷い人ですね」
無表情になって、罪木さんは平坦な声で呟いた。
今の彼女は無気力のゾーンにいるらしい。
「そうだよ。なんて言ったってボクは『愛を知らない』人間だからね。人を慈しむのに長けてないんだよ!」
そう言えば、彼女はハッと顔を上げた。
何処か後悔しているような表情で。
けれどまたすぐに無気力の仮面が付けられてしまった。
何故そんな表情をしたのかはわからないが、これ以上進展はしないだろう。
「じゃ、罪木サン。疲れちゃっただろうし、今日はここまでって事でいいかな?」
答えは返ってこない。
ボクは肩を竦め、部屋を後にした。
「帰ろうか、苗木クン」
「狛枝くん!一言だけ言わせて!」
ボクらはまたみんなが眠っている部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。
そんな中、意を決したように苗木クンがボクに話し掛けてくる。
「君は愛を知らない人じゃないと思う」
唐突だなと思った。
今度はボクがさっきの罪木サンみたいにポカンとしてしまった。
「僕には自分と無関係な所にあるものだと思い込んでいるだけのように見えるよ。大丈夫。表現の仕方も感じ方も君はちゃんと知ってるよ。その時が来たらきっと簡単に愛せると思う」
ボクの右腕を掴み、真摯に見上げてくる彼は…何て言ったらいいのだろう。
語彙が少ないせいで、何と表現したらいいのかわからない。
彼は本気で言っている。
とても真剣で。
呆然とした後、ボクは何かが込み上げてきそうになった。
さっき罪木さんに言った言葉に嘘はなかった。
自分ですら、自分を『愛の知らない』人間だと思っていた。
それなのに彼は真っ直ぐに否定してくれた。
お礼を言おうと思ったのに、何故かボクは彼を抱き締めていた。
彼は突然抱き付いたボクを嫌がりもせず、抱擁を受けてくれていた。
「で?その後お前らは何してたんだよ?」
海を男二人で見ながら語るなんて、寒い見た目になってると思うんだけど、いいのかな?
もちろんボクに否はない。
日向クンが猛烈に嫌がりそうだと思っただけだ。
「モニターから流れてくるのを必死に録画したりとか?もし君達が“絶望”のまま目覚めたら反論の材料にでもなればなーなんて簡単に考えてたのに、まさか“彼女”を倒しちゃうとはね。ボクも罪木サンもびっくりだよ」
「まさか録画してただけとか言わないよな…?」
「必死に苗木クン達の手伝いはしてたよ?けどボク達ができる手伝いなんてたかがしれてるし…。眠ってるキミ達を見守って、罪木さんが自殺しないように見張ってたくらいかな」
あのプログラムに介入なんて、幸運しかないボクには荷が重い。
日向クンは溜息を吐いて、この話を打ち切った。
実にならないと思ったのだろう。
…ボクもそれが正解だと思う。
「で?日向クンは何が聞きたいの?」
本題はさくっと。
時間の無駄だから。
ボクじゃなくて彼のね。
「狛枝。お前何で自殺した?」
夕日を背負って彼は聞いた。
スゴイね。
無敵そうに見えるよ。
まるでゲームの主人公のようだ。
ボクは笑ったまま答えない。
だって日向クンは質問の形を取ってはいるものの、答えがわかっている。
そういう顔をしていたから。
「何で今更それを聞くの?学級裁判で明らかになってたでしょ?僕は裏切り者を生かすため死んだんだって」
一応反論を試みるも、呆気なく返された。
「けどそれは成功しなかった。お前は自殺を嫌悪してただろ。それを実行したのに何故お前に幸運が訪れてない?」
「さあね。わからないよ」
ここにいる人たちはボクを真っ直ぐ見る人が多くて困る。
ボクの醜い中身が透けてしまったら、どうしてくれるんだか。
「『ただ死ぬだけならいつだって出来る』…ずっとそう思い続けてきた。両親が死んで、ボクの幸運に巻き込まれたんだと自覚した時、ボクは自殺だけは出来ないと思った。ボクの生に意味を作らなきゃいけないから。自分が辛いから、現実が辛いからって、逃げるような真似は絶対に駄目だって」
夕日が眩しいふりをして、体ごと横を向いた。
ヤシの木が潮風を受けて、揺れているのをじっと見つめていた。
それでも日向クンの視線はじっとボクに注がれているのがわかる。
「死ぬのにも意味がなきゃいけないと思ってた。それこそ人の役に立つような」
「…お前バカだろ」
日向クンが言葉の刃でボクを斬った。
一刀両断ってこういう事をいうんだなあって思う。
「そうだね。バカついでにこの“手”もそのままにしておこうかと思うんだ」
「は!?」
くるりと日向クンに向き直ると、日向クンは絶句していた。
「バカじゃないのか!!」
耳元で叫ばれた。
「だってさ。罪木サンは起きてから、ずっと誰の言葉にも耳を貸さなかったらしいんだ。…それがこの“手”のお陰で話が出来て、今はボク達がゲームの中で出会った頃の彼女に戻った。それって凄い事だと思ったから」
左手を目の前に翳す。
日向クンがそんなボクを複雑そうな顔で見ている。
お人好しっぽいキミの事だから、心配してくれてるのかもしれないね。
…あは。そんな訳ないか。
「…それに未だ“彼女”の体の一部は“絶望”の中で人気なんだって聞いたから」
『なら十神クン。みんなが目覚めて、絶望じゃないって判明したら…。その時はボクを外に連れて行ってくれないかな?』
『狛枝くん!?』
びっくりしたような声を苗木クンが上げた。
十神クンが鼻で笑った。
『…餌になりに行く気か?』
そう。ボクならおびき寄せられる。
十神クンとこの時初めて目線があった。
ボクみたいな平民以下は彼みたいな特別な存在と目を合わせる資格なんて有してない。
それなのに、目が合ってしまった。
何だか緊張する。
『…いいだろう。チームを組んでやる』
『ありがとう。けどやっぱり一人で行くよ』
『…何?』
ああ…。わかりやすく十神クンの眉が不機嫌そうに寄ってしまった。
『ボクの幸運は何を起こすかわからないから、一人の方が被害少ないと思うんだ。下手したら、同行者は僕の不運に巻き込まれて死亡、ボクだけ無事って事態になりかねないし』
『わかった』
十神クンはそう言ってくれたし、苗木クンも心配だと思いっきり顔に書いてあるものの、頷いてくれた。
『でも狛枝くん。無理だけはしないでね?』
強い目でそう念押しされた。
「バ・カ・か!!」
経緯を聞いた日向クンはまた叫んだ。
「耳イタイって、日向クン」
「なら叫ばすな!!」
耳を塞いでいたら、無理やりその手を耳から剥がされた。
「俺も一緒に行くからな!」
だから耳が痛いって。
顔を顰めてから、やっと脳に言葉が届く。
「は?」
「俺も連れてけ」
そう言った日向クンの顔は夕日に負けず劣らず赤かった。